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大井町創成期の立役者であった伊藤博文が創った「恩賜館」を追いかけています。
いよいよ恩賜館が実際に大井町のどこにあったのかを解き明かします。
とは言え番地も明確ですし地図もあるので明確なのですが、そのサイズを見積もっていたところ正直びっくりしました。土地の形状は大正初期の地図に掲載されていたので、それを現在の地図に忠実に当てはめてみたところ、敷地のサイズは旧スポルとキャッツシアターを合わせたくらい広かった事がわかりました。

伊藤博文の恩賜館はとにかく「どでけえ」。


伊藤博文自身の自宅も併設されていたのを差し引いても、とにかく敷地が広すぎです。これ、東京名所になるくらいのサイズ感です。さすが明治の元勲は太かです。では大井町での恩師館の様子はどのようなものであったかという事なのですが、移設した状態の写真が極端に少なく、当時の絵葉書などから有様を探ってみると下記のようになりました。写真が極めて限られているのは意図があったと思います。

池上通りに面したところに広大な門があり、そこを入るとすぐ左手に恩師館、その並んだ奥に伊藤博文自身の自宅が、所在していたと思われます。
入母屋造りの純日本建築が大井の森の広い敷地の中にそっと佇んでいる有様は、かなりイケていたと想像してしまいます。
もしこのまま移転しないで、大井にこの建物があり続けていたらどうなっていたのでしょうね。